商店街に人が来ない。そんな声が各地で聞かれるなか、仙台のある商店街では“映像”を使ったユニークな活性化の取り組みが進んでいます。学生や地域団体と連携し、大型ビジョンでまちの魅力を発信する「まちくるビジョン」。この実例から、商店街ができるデジタル活用のヒントを探ります。
サイネージの活用で商店街に人を呼び込む
仙台の中心市街地で始まった商店街活性化の取り組み。その主役は、大型ビジョンを使った“映像の発信”でした。買い物だけではない、新たな人の流れをつくる拠点になっています。
大型LEDで動き出したまちの映像発信
商店街アーケード内に設置された「まちくるビジョン」は、縦約3.2メートル・横約4.8メートルの大型LEDビジョンです。通行者の目線の先に映像が流れる位置に設置され、毎日地元にまつわる映像や音声が流れています。
映されるのは企業のCMだけではありません。学生のパフォーマンスや市民団体の活動紹介、イベントのライブ中継など、地元発の映像コンテンツが中心です。商店街を訪れる人に「今この街で何が起きているのか」を伝える、言わば“まちの掲示板”としての役割を果たしています。
地元の人が主役になる場づくり
このビジョンがユニークなのは、映像を“作る側”にも地元の人が関わっていることです。高校・大学の文化系クラブや、市民ボランティアグループが自主的に動画を制作し、定期的に公開されています。顔見知りの誰かが映っている映像が流れることで、思わず足を止める通行者も多く、そこに自然と人の滞留が生まれています。
にぎわいの「起点」をつくるしかけ
商店街の中に、目的なく立ち止まれる場所があるということはとても大きな意味を持ちます。映像コンテンツが時間帯によって変化するように設計されており、午前中は観光案内、昼は学生パフォーマンス、夕方は地域イベント情報など、来街者の動線に合わせた切り替えが行われています。
街のなかに“立ち寄る理由”をつくる──それが、商店街全体の回遊を促す導線にもなっているのです。
商店街は「場所」として弱くなっている
買い物の場というだけでは、もはや商店街に人は戻りません。通行者が減り、空き店舗が目立つようになった背景には、複数の要因が重なっています。
通るだけの場所になってしまった
昔は“歩いていて楽しい通り”だった商店街が、ただの通過動線になっているケースも少なくありません。理由のひとつは、目的のある来街が減ってしまったことです。
大型店や通販に買い物が流れ、わざわざ商店街に足を運ぶ理由がなくなってしまえば、人の流れも細くなっていきます。結果として、平日昼間の商店街は閑散とし、にぎわいが連鎖的に失われていく構図が生まれています。
情報が届かないまま埋もれていく
商店街の各店や地域団体がイベントを開催しても、そもそもその情報が通行者や観光客に届いていないというケースもよく見られます。情報発信の手段がポスターやチラシに限られていると、足元の情報ですら見落とされてしまいます。
SNSを使えばいい、という声もありますが、商店街の来街者層がSNSをチェックしているとは限りません。現地で“目に入る・耳に入る”仕掛けがないと、そのまちで今起きていることを知るきっかけが生まれないのです。
空き店舗の増加と“まちの空白”
もうひとつの大きな要因は、空き店舗の存在です。シャッターが下りたままの店舗が増えると、それだけで歩いていて寂しい印象を与えてしまいます。空き店舗の前を無言で通りすぎる来街者の気持ちは、そのまま商店街全体の印象につながります。
ただし、空き店舗は使い方を工夫すれば、展示や情報発信の場として生まれ変わることも可能です。商店街が“通るだけの場所”から、“立ち止まる場所”になるためには、情報の見せ方や届け方を見直す必要があります。
大型ビジョンが呼び込んだ“変化”とは
ただ映像を流すだけでは、人は立ち止まりません。商店街に設置された大型ビジョンがもたらしたのは、人が足を止め、関心を持ち、話題にする流れの変化でした。
映像に足を止める人が増えた
大型ビジョンでは、地元の祭りやイベントの映像が繰り返し流されています。映像には、パレードの様子や音楽ステージ、地域で活動する団体の紹介など、商店街の“いま”が映し出されています。
歩いていた人がその映像に気づき、足を止めて数十秒見ていく。その小さなアクションの積み重ねが、にぎわいを生むきっかけになります。特に、地元の中高生や地域団体の出演がある映像は、家族や知人が興味を持って見ていくことが多く、自然と立ち寄りの時間が延びていきます。
SNSに広がる“いま見た”という体験
ビジョンの前で写真を撮ったり、動画をSNSに投稿したりする人も少なくありません。「たまたま通ったら映ってた」「自分の学校の発表が流れてた」といった投稿が地域内外で拡散されることで、通りの情報が自然と広がっていきます。
こうした投稿の多くは、観光ガイドには載らない“その場の空気感”を伝えるものです。決まったハッシュタグや投稿企画があるわけではないにもかかわらず、自発的な発信が生まれているのが特徴です。
映像が広告収入につながった
このビジョンは、情報発信だけでなく商店街の収益源にもなっています。一定の時間帯には、地元企業や遠方の広告主による映像広告が流れており、広告出稿によって運用費の一部をまかなっています。
特に注目されたのは、都市部以外の広告主も出稿しているという点です。観光客の往来が多い商店街という立地を生かし、ターゲットが明確な商材やサービスの広告が選ばれているのが特徴です。
広告スペースとしての価値が見出されたことで、商店街にとっては新しいビジネスモデルの入り口にもなっています。
展開に際しての壁とは
ビジョンの設置や運用は、決して手放しでうまくいったわけではありません。導入に向けた準備やその後の調整には、いくつもの課題がありました。
映像制作の負担と体制づくり
デジタルサイネージは“映すだけ”ではなく、“何を映すか”が重要です。そのためには定期的に新しい映像を作る必要があり、その制作や編集に手がかかります。
制作に関わる人手が必要
地域の学生や団体が協力しているとはいえ、映像編集や撮影にはある程度のスキルが求められます。機材の手配や撮影スケジュールの調整、編集作業の分担など、継続的に動かすにはそれなりの人材とリソースが必要です。
専門知識がなくても進められる工夫
運営側では、制作ガイドラインやテンプレートを整備し、できるだけ簡単に映像をつくれる体制を整えていきました。また、外部の制作会社と連携することで、地域の負担を軽減しつつ、クオリティを保つ取り組みも行われています。
高齢者や通行者への配慮も必要
商店街には年齢層の高い来街者も多く、音量や表示内容への配慮も欠かせません。
見やすさ・聞こえやすさの工夫
高齢の方にも伝わりやすいよう、字幕付きの映像を増やしたり、明るすぎない画面設定にしたりといった調整がされています。音声についても、近隣店舗への影響を考慮しつつ、混雑時間を避けて流すよう配慮されました。
商店街内の意見をどうまとめるか
設置場所や運用ルールを決める際には、商店街全体の合意形成が必要でした。
設置スペースの調整
ビジョンの設置には、電源・設置面積・視線設計などの要件が関わります。商店街の構造上、ベストな位置を見つけるには複数の関係者の理解と協力が不可欠でした。
コンテンツ内容の調整
映像に映る団体や人物、放映する時間帯などについても、商店街内で事前に一定のルールを作る必要がありました。話し合いの場を何度も設け、地域の意見を反映しながら進められた点も、この取り組みが長く続いている理由のひとつです。
映像がまちに馴染むまで
大型ビジョンを置くだけでは、人の流れは生まれません。どんな映像を、どんな人たちが、どんな場所で届けるか。その設計と運営には、地道な工夫が積み重ねられていました。
映像を支えるチームの役割分担
ビジョン運用の裏側には、複数の立場の人たちが関わっています。役割分担がはっきりしているからこそ、トラブルなく日々の放映が続けられています。
運営管理を担う中心組織
ビジョン全体の運営は、商店街や地元団体、民間パートナーが連携して進めています。機材の保守管理や放映スケジュールの設定、広告枠の調整など、日常的な運用を担う体制が整っています。
コンテンツづくりは地域の手で
映像コンテンツの多くは、地域の学校や団体が制作に参加しています。演奏会や発表会の収録、地域の名所を紹介するミニ番組など、まちの声や姿がそのまま映像になることで、地域への愛着が育ちます。
地元とのつながりをどうつくったか
地域と連携して運営していくには、関係づくりにも工夫が必要です。協力してもらうには、参加のハードルを下げることが大事でした。
はじめてでも安心して参加できるしくみ
映像をつくったことがない団体にも参加してもらえるよう、撮影マニュアルや台本テンプレートが用意されています。提出の方法もオンラインで完結できるようになっており、手軽に関われることが参加を後押ししています。
成果が“見える”ことが次につながる
自分たちの映像が実際にビジョンに映されているのを見ることが、次回の参加意欲につながります。視聴者の反応がフィードバックされる仕組みも整っており、作る側・見る側の距離が自然と縮まっていきます。
見る場所・聞こえる場所の設計にもひと工夫
街中に設置される以上、視認性と周囲への配慮を両立する必要があります。ビジョンの位置や音の出し方にも細かな配慮がなされています。
通行者の目線と動線に合わせた設置
画面は、通行中に自然と目に入るような高さと角度で設置されています。あえて商店街のやや奥まった位置にすることで、人が“近づいて見る”という行動を促すよう工夫されています。
音量と音の出し方の工夫
音声については、周囲の店舗に配慮しつつ、視聴者にはきちんと届くようにスピーカーの配置や音量が調整されています。静かな時間帯には無音の映像を流すなど、時間帯に応じた運用も行われています。
街に“動き”をつくる
ビジョンは単なる情報表示ではなく、まちにリズムや流れを生み出す役割を担っています。人の流れや行動を“映像のリズム”で変えていく、そのためのしかけが用意されています。
時間で切り替わるプログラム構成
映像は24時間同じ内容ではなく、時間帯ごとに構成が変わります。朝は地域ニュースや交通情報、昼は学校や市民団体のコンテンツ、夕方はイベント告知など、来街者の目的に合わせた“時間割”が組まれています。
これにより、「○時に行けばあのコンテンツが見られる」といった目的性が生まれ、人の流れが映像によってコントロールされるようになっています。
知っている顔が映っている映像の力
地域の学校や団体の映像が多く使われていることで、映っている人と見る人の関係性が生まれます。自分の子どもや友人が登場する映像を見に行くという行動が自然に生まれ、情報発信の枠を超えて、“見る理由”をつくっています。
イベントとの連携が生む広がり
まちで開催されるイベントと映像放映をセットにすることで、より多くの人に情報が届くようになります。イベント当日はビジョンでも同時中継を行ったり、イベントの予告動画を事前に流したりと、相乗効果を生む工夫が重ねられています。
イベント中継で離れた場所にも“参加感”
現地に来られない人にもイベントの雰囲気を伝えることができ、来場をためらっていた人が「次は行ってみようかな」と思うきっかけにもなります。これは、物理的な参加と心理的な関与を同時に高める仕組みです。
映像から現場へつながる流れ
通りすがりに流れていた映像を見て、そのイベントに立ち寄るという行動も実際に起きています。情報が映像として“見える化”されることで、通行者の関心を引き、行動に変える後押しとなっています。
他地域の取り組みにもヒントがたくさん
仙台のように大型ビジョンを使う例に限らず、映像やデジタル展示を活用して商店街を元気にしようとする試みは、ほかの地域にもあります。実例を通して、実現可能なアイデアを探っていきます。
空き店舗が“映す場所”に変わったケース
商店街の空き店舗を活用して、地域発の映像コンテンツを上映する取り組みが実際に行われています。たとえば岡山市の表町商店街では、シャッターが下りた店舗のウィンドウ部分にモニターを設置し、地域の風景やイベントの映像を常時放映しています。
閉じた空間が“開かれた景色”になる
通りに面した空き店舗の前を歩く人が、映像によってまちの情報や動きを目にできるようになることで、無言で通り過ぎるだけだった空間が、情報を受け取る場へと変わります。見る人にとっては、まちの様子が垣間見えるちょっとした楽しみになります。
空き店舗に人の目を戻す工夫
映像を設置した空き物件には「借り手がついた」「問い合わせが増えた」という声もあります。人が注目するきっかけをつくるだけで、まちの景色に変化が生まれ、動きにつながることがあります。
観光地との連動で広がりを見せた取り組み
高知県では、観光エリアを中心にデジタルサイネージやAR技術を活用した回遊施策が行われています。たとえば、商店街や観光施設を巡るARスタンプラリーでは、各所に設置された表示物をスマートフォンで読み取りながら地域の魅力を再発見できるように設計されています。
目的のある“まち歩き”が生まれる
情報を受け取るだけでなく、訪れた人が能動的に動ける仕掛けになっているのがポイントです。「映像やデジタル展示は見るだけ」というイメージにとどまらず、行動と連動することで、滞在時間や来街者の満足度にもつながっています。
映像+現地体験の組み合わせ
その場に足を運ぶことで得られる感覚と、デジタルが提供する視覚情報を組み合わせることで、記憶に残る体験が生まれます。単なる広告でも観光案内でもない、“関係性のある情報発信”が可能になる点が魅力です。
映像の“素材”は意外と身近にある
高価なカメラや特別な演出がなくても、商店街で映像を作る材料はすでにたくさんあります。むしろ、日常にある景色や人々の姿こそが、来街者にとっては魅力的なコンテンツになります。
日常のワンシーンを映すという発想
朝の開店準備の様子や、地元小学生の通学風景、昔からある店舗の紹介など、特別なことをせずとも「今のまち」を伝える映像は作れます。自然な姿を見せることで、地域の空気や人のあたたかさが伝わるのです。
誰でも参加できる映像発信にする
プロに任せるのではなく、地域住民や学生が撮影・編集を手がける形にすることで、「映す人=まちの担い手」という関係が生まれます。技術面を支えるサポート体制さえ整えば、どの商店街にも再現可能です。
商店街自らが人を呼び込む試みを
情報を受け取るだけではなく、自ら発信する側に立つことで、商店街の姿は大きく変わります。映像はその第一歩として活用できる手段のひとつです。
商店街が持つ“声”を形にする
どんな店があるのか、どんな人がいるのか。SNSやウェブサイトでは伝えきれないリアルな空気を、映像で伝えることができます。言葉で語らずとも、映っている表情や動きから、まちの雰囲気や温度感が伝わります。
無言の発信がもたらす効果
通りすがりの人が、何気なく目にした映像で「ちょっと入ってみようかな」と感じる。そこには押しつけがましさがなく、見る人のリズムで関心が生まれます。声をかけずとも、伝わる情報があるというのが映像の強みです。
見られることで、まちは動き出す
映像を通して地域の人々の活動が見えるようになると、「自分も関わってみようかな」と思う人が出てきます。映像を見て行動を起こす。小さな動きの積み重ねが、商店街全体に変化をもたらします。
自分ごとの風景に変えていく
知らない人のまちではなく、「自分のまち」「見たことのある場所」という感覚が持てるようになると、来街者との距離が縮まります。映像は、そのきっかけを自然につくってくれます。
発信と関係づくりはセットで考える
映像を流す目的は、ただ注目を集めることではありません。地域と関わる人を増やし、継続的なつながりをつくるための入口として考えることが大切です。
一過性で終わらせない工夫
イベントだけの単発的な映像ではなく、日常的な放映や参加型のコンテンツづくりを続けていくことで、商店街は情報の受け手ではなく“発信する場”に変わっていきます。これは、地域の主体性を高めるうえでも有効なアプローチです。