失われる前に残す。文化遺産を守る「デジタルアーカイブ」

地域活性化

こんにちは。株式会社ネクフルです。

古い建物や工芸品、貴重な文献。どんなに大切にしていても、いつか形が失われることは避けられません。
そんな文化を、映像やデータとして記録し、未来に手渡す方法があります。
この記事では、文化遺産をデジタルで残すための実際の取り組みや工夫を紹介します。

バナー上
プロに聞いてみたほうが早いかも?ネクフルへの相談はこちら

今、文化をデジタルで記録する現場で起きていること

古い文献や建物、工芸品などをデジタルのかたちで残す動きは、実際にさまざまな場所で始まっています。ここでは、現在進行中の3つの取り組みを紹介します。

貴重な宗教文献を世界に公開:バチカン図書館×NTTデータ

長年眠っていた手書き文献がオンラインで閲覧可能に
NTTデータは、2014年からバチカン図書館と共同で、同館が所蔵する古写本などのデジタル化プロジェクトを実施しています。プロジェクト名は「DigiVatLib」。この取り組みでは、ルネサンス期や中世のラテン語・ギリシャ語・アラビア語の手稿などを高解像度でスキャンし、オンラインで公開しています。

世界中の研究者が無料でアクセス可能
2024年5月時点で、27,500点以上の文献がデジタル化され、誰でも専用サイトから閲覧できるようになっています。書庫に保存されたままでは一部の専門家しか触れられなかった知の資産が、世界中の教育機関・研究者にとって使いやすいものへと変わりました。

使用されている技術とシステム
NTTデータが開発した「AMLAD(アムラッド)」というデジタルアーカイブ基盤を利用し、画像データとメタ情報を組み合わせて閲覧・検索できる構造に整備されています。スキャンは非接触方式で行われ、原本への負担を最小限に抑えています。

建物が壊される前に、空間そのものを保存:旧国立競技場

取り壊し前に3Dで“まるごと”記録
旧国立競技場(東京都新宿区)は、2020年東京オリンピック開催に向けて解体されました。その解体に先立ち、凸版印刷が中心となって建物全体を3Dレーザー計測・高精細写真撮影で記録するプロジェクトが行われました。

空間の質感や構造までデータ化
この記録では、スタンド席から通路、壁面の装飾まで、現存していた競技場の細部がデータとして残されています。平面図や写真では把握しきれない、空間としてのスケール感や観客席の立体構造までを、3Dデータとして再現しています。

教育・文化資源としての活用が視野に
保存された3Dデータは、建築教育やスポーツ文化史研究に活用可能とされています。また、VRやARと組み合わせることで、競技場の姿を体感的に学べるコンテンツにも応用できるとされています。

実物を超える鑑賞体験:国立工芸館の3D展示

動かせる展示、拡大して見られる展示
東京国立近代美術館工芸館(現在は石川県金沢市に移転した国立工芸館)は、所蔵する工芸作品の3Dデジタルアーカイブを実施しました。この取り組みでは、大日本印刷とシャープが連携し、作品の高精細3Dスキャンと、8Kタッチディスプレイを使った体験型の展示を実現しています。

質感や細部を画面上で再現
3D化された工芸品は、触れられない展示物であっても、回転させて全方位から見たり、拡大して模様の細部を観察したりできます。金属の鈍い光や陶器のひびの入り方など、質感の再現にも配慮されています。

来館者が“使える”展示への変化
こうしたデジタル展示は、保存目的にとどまらず、鑑賞者の体験を高めることにもつながっています。移動展示が難しい作品でも、各地の会場や学校、研究機関などにデータを提供することで、リアルな観賞体験を届けられる可能性が広がっています。

なぜ“残す”ことが大切なのか

文化を記録する動きには、いくつもの理由があります。物理的に保存しきれない現実や、もっと広く使ってほしいという思い、そして「伝わらないまま消えてしまう」ことへの危機感。ここでは、そうした背景を整理します。

モノの寿命に頼れない現実

保管スペースや管理環境には限界がある
文化財の保存は、スペース・温度・湿度など細かい条件を満たす必要があります。特に紙資料や木造建築は湿気や虫に弱く、厳重な管理が不可欠です。地方の資料館などでは、展示されずに倉庫に眠っている資料も多くあります。

自然災害や経年劣化で消えていくリスク
日本は地震や台風の多い国です。たとえ建物に被害がなかったとしても、水害やカビによって資料が損傷する例は後を絶ちません。実際に、2011年の東日本大震災でも、多くの資料が損壊・流出し、二度と元に戻せないものもありました。

一度失われたものは取り戻せない
原本が壊れてしまえば、それを元に戻すことはできません。だからこそ、「消える前に記録しておく」ことが、現実的な選択肢として求められてきたのです。

もっと多くの人に触れてほしいから

限られた人だけのものにしない
文化財は、所蔵施設に行かなければ見られないものも少なくありません。さらに、展示スケジュールの都合や修復中などで、公開されていない期間もあります。デジタル化によって、それらをオンラインでいつでも見られるようにすれば、時間や距離に縛られずにアクセスできます。

誰にとっても“見える文化”を目指して
高齢者や身体が不自由な方、地方に住んでいる方にとって、都市部の美術館や資料館まで出向くのは簡単なことではありません。そうした人たちにも文化に触れてもらうために、オンライン公開は有効な手段となっています。

教育や研究での利活用を想定した公開
学校教育や大学の研究では、実物に触れる機会が限られています。デジタルアーカイブが整えば、全国どこからでも文化財の画像や解説にアクセスでき、資料として使いやすくなります。

見えないところに価値がある

展示では伝えきれない情報がある
美術館や資料館では、スペースや安全管理の都合から、一部しか展示できなかったり、裏面や内部構造は見せられなかったりすることがあります。たとえば絵巻物の全体像や仏像の背中、書物の中の細かい書き込みなど、現物展示では届かない情報があります。

細部の情報も“見る”から“知る”へ
フォトグラメトリや3Dスキャン技術を使えば、彫刻の奥行き、筆跡の細かさ、金属の加工の微妙な凹凸まで、立体的に記録することができます。こうした技術は、作品そのものが持つ情報量を丸ごと保存する手助けになります。

記録するということの意味

デジタル化することで、文化は保存だけでなく、再活用しやすくなります。ただ「守る」だけではない、“使える記録”の価値に注目が集まっています。

一度きりではなく、何度でも使える

複製が可能だから、元を守れる
文化財を扱う際のジレンマは、「見せたいけれど、壊したくない」という点にあります。スキャンや撮影で得られたデジタルデータなら、コピーをいくつも作って配布・共有でき、原物に触れる必要がありません。これは保存にも教育にも大きなメリットです。

印刷や展示にも転用できる素材に
高解像度の画像や3Dデータは、そのまま印刷物に使用したり、展示用映像に加工したりと、二次利用の幅が広がります。実際に、博物館でのバーチャル展示や地域イベントでの活用例も出てきています。

どこにいても“同じもの”に触れられる

アクセスのしやすさが文化を身近にする
クラウド環境にデータを置くことで、資料は一か所に保管する必要がなくなります。研究者同士の共同利用や、学校間での教材共有などにも役立ちます。

地方と都市、国内と国外の距離をなくす
東京にある資料館の展示を、鹿児島の学校で見られる。あるいは日本の仏像をフランスの研究者が手元で詳細に確認できる。そうした「距離を超えた文化の共有」は、紙や石にはできなかったことです。デジタルが文化の広がり方を変えています。

記録も完璧じゃない。続けるための課題とは

文化をデジタルで残すのは有効な手段ですが、どんな記録にも限界があります。データは残して終わりではありません。扱い方を間違えると、“残したはずのもの”が活かされないこともあります。

未来まで残すのは意外と難しい

保存形式は変わり続ける
文化財をスキャンした高精細画像や3Dデータも、使っているファイル形式や閲覧ソフトが10年後、20年後に通用するとは限りません。過去には、MOディスクやVHSといった記録メディアが廃れ、再生環境を失った例があります。データそのものがあっても、読み取れなければ意味を持たなくなってしまいます。

定期的なフォーマット移行が必要
長く保存するためには、データのバックアップと並行して、新しい保存形式への変換を定期的に行う必要があります。これは時間もコストもかかる作業ですが、将来に向けて避けて通れない部分です。

作って終わりにしない工夫がいる

“活用されるデータ”であることが前提
せっかく丁寧にスキャンしても、それが倉庫の中の段ボールのように放置されてしまえば意味がありません。保存だけでなく、公開の仕組みや活用先までを想定したアーカイブ設計が求められます。

誰がどう使うのかを最初から考えておく
たとえば、学校で使うなら子どもにもわかりやすいインターフェースが必要ですし、研究者が使うなら解像度やメタ情報の充実が求められます。使い方が明確になれば、無駄にならず、継続して価値ある記録になります。

続けることが一番難しい

アーカイブにも運用費がかかる
スキャンや撮影には初期費用がかかりますが、実はその後の維持費用のほうが継続的に重くのしかかります。サーバー代、システム更新、人件費──記録は保存され続けて初めて意味を持つものなので、長期的な予算確保が必要になります。

体制が変われば失われることもある
予算だけでなく、人の問題もあります。担当者が異動した、支援していた団体が解散したなどの理由で、引き継ぎがうまくいかずにデータの管理が止まることもあります。システムやデータベースは人が運用してこそ生きるものです。

文化を記録するための技術

デジタルで文化を残すには、ただ写真を撮るだけでは足りません。今は、形・質感・空間まで含めて記録できる技術が使われています。ここでは、よく使われる代表的な手法を紹介します。

写真以上の立体記録:3Dスキャンの実力

奥行きも形もそのまま記録
3Dスキャナーは、対象物にレーザーや光を当てて、表面の凹凸や形状を高精度で読み取ります。立体物の寸法・形・構造をそのままデータにできるため、彫刻や建築物のように「角度によって見え方が違うもの」に向いています。

文化財の修復にも使われている
3Dスキャンのデータは、破損部分の修復にも役立ちます。過去の状態を正確に記録しておけば、万が一損傷したときにも、当時の形を再現する手がかりになります。これにより、“見た目”だけでなく“形”の保存にもつながります。

触らずに記録する技術もある

非接触での撮影が主流
文化財は壊れやすく、触れることで傷んでしまうものもあります。そこで活躍するのが、レーザーや光を使って距離を測定する「非接触型のスキャン技術」です。実物に手を触れることなく、正確な記録を残すことができます。

フォトグラメトリという手法もある
複数の角度から撮影した写真を元に、立体構造を計算して生成する「フォトグラメトリ」も注目されています。高額な機器を使わずに3Dデータが作成できるため、予算に限りのある自治体や施設でも取り入れやすい技術です。

技術名特徴向いている対象
3Dレーザースキャン高精度・空間全体の記録建築物・大型彫刻
フォトグラメトリ低コスト・写真ベース工芸品・小型資料
非接触スキャナ対象に触れずに記録脆弱な文化財

管理の強さも大事なポイント

クラウドで守るという選択
デジタルデータは場所をとりませんが、数が増えると管理も煩雑になります。そこで有効なのが、クラウドサービスの活用です。インターネット上の専用サーバーに保存することで、災害時のバックアップや遠隔からのアクセスが可能になります。

検索性や共有性を高める設計も必要
ただ保存するだけでなく、必要な情報にすぐたどり着ける構造が求められます。画像と一緒に撮影日時、作者、対象物の情報などを整理して登録することで、あとから活用しやすくなります。文化財に関する“引き出し”をどれだけ整えておけるかが、アーカイブの価値を決めます。

記録したら終わりじゃない。どう“伝えていく”かを考える

文化を残す目的は、保存すること自体ではありません。どう伝えるか、どう活かすかまでを考えてはじめて、記録は意味を持ちます。ここでは、保存から伝達へ視点を広げるヒントを紹介します。

残すことがゴールではない

データ化は「スタートライン」
アーカイブ化が完了しても、それは文化との関係が止まったことにはなりません。デジタル化はあくまで第一歩。そこからどう届けるか、どう使われるかが次の課題になります。

公開しなければ見つけてもらえない
記録したデータをただ保存するだけでは、誰の目にも触れません。一般公開、教育連携、研究機関との連携といった“外向きの設計”があってこそ、文化は動き出します。

記録の先にある「使われる設計」

使いやすさが価値になる
記録データは、閲覧者が使いやすい構造であることが重要です。画像に解説が添えてある、分類タグで探しやすい、拡大・回転できる──こうした仕組みは「情報を体験に変える装置」になります。

どんな人が使うかを考える
たとえば、小学校の授業で使うデータなら、簡単な言葉の説明が必要です。一方、大学の研究では、制作年や素材情報、歴史的背景など、より深い情報が求められます。誰に届けたいかで、設計の方向性も変わってきます。

ユーザー層必要な情報・機能
小学生簡単な用語解説、触って見られる構造
高校生概要・作者情報・年表との連動など
研究者出典情報、制作技法、オリジナル画像
一般来館者拡大表示、写真撮影禁止エリアの代替体験

鑑賞ではなく“体験”へ

触れられない文化に“触れた気になれる”
デジタルアーカイブによって、実物に触れずとも近い体験が可能になります。3Dモデルで作品をぐるぐる回したり、内部構造を分解表示したりと、見るだけだった文化財が“動き出す”のです。

展示との組み合わせで活きる演出
近年は、実物展示に合わせてタブレットやタッチパネルを用意し、裏面や分解構造を同時に紹介する展示方法も取り入れられています。こうした工夫は、リアルな展示では届かなかった情報を補完してくれます。

文化ってそもそも、どういうもの?

記録や保存の話をすると「物体」ばかりに目が向きがちですが、文化はそれだけではありません。文化という言葉の中には、目に見えるもの、見えないもの、過去と未来、いろんな層が詰まっています。

情報としての文化を捉え直す

物からデータへという視点
「文化はもの」と考えると、記録はコピーのようにも思えます。でも、実際にはその背後にある意味や文脈こそが重要です。どこで、誰が、何のために作ったのか。その情報があることで、文化は“読み取れる”ものになります。

記録には意味を添える必要がある
例えば、古い道具を写真に残すだけでは不十分です。その使い方、当時の生活との関係、地域性など、背景まで一緒に記録してこそ「文化として残した」と言えます。

残すことは“受け渡すこと”

未来の利用を前提に記録する
今保存されているものが、10年後・100年後に誰かの役に立つかもしれない。そう考えたとき、記録は「伝えるための準備」になります。文化を“持ち続ける”のではなく、“受け渡す”という発想が大切です。

価値を決めるのは未来の誰か
私たちが残した記録が、未来のどんな価値を持つかは、今はわかりません。でも、だからこそ正確に、誤解なく、丁寧に記録しておくことが意味を持ちます。文化は一方向のものではなく、時代をまたいで更新されていくものです。記録もその一部として、後の世代に引き継がれていきます。

今だからこそ、記録するという選択を

文化は、いつまでもそこにあるとは限りません。建物も、道具も、言葉も、気づかないうちに失われていきます。でも、形を変えて残すことはできます。記録することは守ることだけでなく、次の世代へ手渡すこと。すぐに使われなくてもいい、けれど「誰かの役に立つ日が来る」と信じて、今できる記録を残しておく。その静かな準備こそが、未来へのいちばん確かな働きかけになります。

タイトルとURLをコピーしました